足りない頭で考える

海月のように生きてきました。そして、精神科の看護師へ

きっかけは壊れる

高校生が部活のユニフォームを着て、友達と楽しそうに喋りながら帰宅しているのを喫煙所から眺める海月です。
微笑ましいなぁと思うのと同時に、この中にも私と同じように交際相手に生活を縛られてる人は居るのかなと思うと悲しくなります。

高校生の時に「海月の彼氏って、どんな人?」と聞かれて、日々の当たり前だと思っていた事を話したら、その日の夜中に話した相手からDVについての新聞記事の写真が送られてきた事があります。
今ならば「助けて‼︎」と声をあげることは簡単な事だと思えるのに、当時の私は「それでも優しいところあるし…」と庇う事しか出来ませんでした。

私は6年の間、交際相手のDVに困りながら青春を過ごしました。DVの知識が無かった訳ではありません。周囲の人達は気づいていたし、助言してくれた事もありました。
「認識したくなかった。」という事と「他人のせいにするのが上手かった。」という事と「共感しちゃうDV被害者の仲間がいた。」という3点は、私が6年の青春を遠くに置き去りにしてしまった原因のひとつだと思っています。

まず、認識したくなかった。
私が、DV被害者だなんて認識したくありませんでした。自分の男の見る目の無さを認識したくなかった。「好きだ。」と言ってくれる彼と、私にムカついたからという理由で目の前で奇声を発しながら家の壁に穴を開けた彼が、同一人物と認識したくなかった。
すると、彼が言います。
「〇〇をした俺も悪いけど、お前が△△だから悪いんだよ。」
便利な言葉だと思います。上記を認識したくない私にとっては、「私が悪いんだ。」と思う方が楽でした。ただ、少し気分がモヤモヤします。
そこで、共感してくれる友人に相談します。
「わかるわかる。私も、この間〇〇したからキレられてね…」なんて、お互い殴られただの物の壊されただので話しが盛り上がってしまいます。出来上がる結論は、「悪いところ直さないと、嫌われちゃうね…」

このような負のスパイラルは、DVから抜け出すきっかけを壊していきました。
最終的な抜け出すきっかけは、「大学生になったため友人関係が変わり、共感してくれる人が居なくなった。」という事と「彼の手の届かないところに居場所を用意してくれた人が居た。」という事でした。

人間関係が変わっていなかったら、どうなってたんだろう。今でも負のスパイラルの中をグルグルして、デモデモダッテと言いながら過ごしたのかな。
もっと甘酸っぱい青春過ごしたかったな。
そんな思いで溢れかえったら、タバコがきれちゃって、いい加減禁煙しようかな…と悩むのでした。